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真空管ギターアンプ「FENDER CHAMP」のクローン的なものを自作する。4本目~定数計算とバイアス点~

 ちょっと大変だでした(本記事をまとめるのと裏取りに)。桜の時期を過ぎてGWも最終日になってしまいました。

 

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前回の記事はこちら

culo.hatenablog.com

 

 今回は真空管の各定数の割り出しとバイアスポイントの設計について解説していく。とはいっても今回作ったものはタイトルの通りクローンなので、設計と言うよりリバースエンジニアリングだ。

 

 回路設計を行う上で初心者や独学の人が考えがちなのは「まず信号源の大きさがこの位だから最初にこの位増幅して~」というin→outに向かって考える事だ。が、実際にはout→inと最後の出力から設計していく。そうする方が各部の設計を決めることができる。それに習って最終段の5Wの出力ポイントから見ていく。余談だが、私は独学であるので、この罠にはもちろんハマった事がある。

アウトプットトランスの計算

アウトプットトランスと出力電力

 電源電圧変換用トランスを「電源トランス」、信号出力用のトランスを「アウトプットトランス」等と言う。ここではアウトプットトランスの説明を行う。真空管の場合は軽い負荷(高い抵抗)で大電圧少電流で電力を生み出す。逆に言えば重い負荷(低い抵抗)のスピーカー等を直接駆動するには難しいという大前提がある。それをうまく帳尻合わせするのに電力伝達能力のあるアウトプットトランスが必要なのだ。今回のスピーカーは8Ωなので、まず8Ωで5Wの時の電圧と電流を計算する。

[電力]と[抵抗]から電圧と電流を逆算する式

電圧 = √電力(5W) × √抵抗(8Ω) = 6.32V(実効値) = 8.93Vp

電流 = √電力(5W) ÷ √抵抗(8Ω) = 0.79A(実効値) = 1.11Ap

Apという単位をこれまで見た覚えはないが、Vpの電流版という事で通じると思うので便宜的に使ってみる。ここまで計算した所で今回のアウトプットトランスを見てみよう。

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 トランスの数値を確認すると1次側「7kΩ」:2次側「8Ω」と書いてある。これは2次側に8Ωのインピーダンス負荷を接続すると1次側からは7kΩの負荷がつながっているように見えますよ。という事だ。ここからインピーダンス比「7kΩ:8Ω」は単純に導き出せる。ここから巻線比「N1:N2」は「29.5:1」で有ることがさらに導き出せるが、計算は省く。

 上記で1次側のインピーダンスが判明しているので「7k」の負荷に「5W」を掛けるための電圧と電流が幾らになるのか計算してみる。この計算も電力と負荷が確定している為、先程の式と同様である。

7kΩの負荷に5Wの電力を掛けるのに必要な電圧と電流

電圧 = √電力(5W) × √抵抗(7kΩ) = 187V(実効値) = 267Vp

電流 = √電力(5W) ÷ √抵抗(7kΩ) = 0.027A(実効値) = 0.038Ap

  念の為検算してみる。電力=電圧x電流で、交流信号の電力は電圧と電流は実効値から導ける。なので上記実効値を掛け算すると187V x 0.027A = 5.049Wとなる。また上記からVppであれば2倍の534Vの電圧が必要であることが想定される。

パワー管の計算

パワー管の直流設計

 次にパワー管の設計を見てみよう。まずは直流設計の部分を確認する。
 

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 カソード端子(k)の電圧を実際に測定するとその値は「Ek=19V」となっている。カソード抵抗は470Ωなので「Ik = 40.4mA = Ek(19V) / Rk(470Ω)」が流れている。この電流の元はプレート端子とスクリーングリッド端子からの合算で、そのうちの大半はプレート端子から流れていて、スクリーングリッドからはせいぜい1~mAから大きくて4mA程度だ。次にプレート電圧を測定すると「Ep = 327V」、スクリーングリッドには「Esc = 304V」が掛かっている。ここまでの情報を整理しよう。

  • プレート電圧:327V
  • スクリーングリッド電圧:304V
  • カソード電圧:19V
  • カソード電流:40.4mA(Ip + Isc

これが無信号時の直流設計だ。これから増幅作用である信号入力時の交流動作を考える。

 

パワー管の負荷線を引く

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 左図はトランジスタ等のデータシートに記載されているEc-Ic図と同質のモノで真空管の場合はEp-Ip特性図という。これを使って設計することが一般的だ。一応簡単に図の説明しておくと左軸が「プレート電流(Ip)」、下軸が「プレート電圧(Ep)」、右軸が「スクリーングリッド電流(Isc)」、左下から伸びる各実線が「グリッドカソード間電圧(Egk)とプレート電流の対応」、左上から伸びている点線が「スクリーングリッド電圧と電流の対応」となっている。データシートと本ブログ上で表記がずれているが、データシートに良く在る事なのでご勘弁、一応これにも言及するとsc1=グリッドの事、sc2はスクリーングリッドの事なので読み替えて頂きたい。ちなみにちなみにEfはヒーターの事。また、このデータシート上Ep-Ip特性図のEsc250Vとして固定してあるので注意。今回Escが304Vとなっており、EkgはEscの値で変わるため、図のEkgはあまり参考にならないので注意が必要である(別図のIp-Egk図を使うと想定できるはず。割愛する。)。これに関しては実はIscも同様だが、基本的にIscは2mAとか3mA程度なので今回は無視する。

 まずプレートの無信号時電圧であるEp327V付近にまっすぐ上に縦線()を引く、そしてIpに流れる電流である「Ip = 40.5mA」あたりにポイントを置いてEpがどのように変化するか計算する。まずはプレート負荷「Rp = 7k」で、全力で真空管が電流を流した場合、どの程度電流が増えるかを下記の式で計算する。

( Ep - Ekg ) / Rp + Ip  =  ( 327V - 19V ) / 7k + 40.5mA  =  84.5mA

となるので、Ep=19V付近にまた縦線()を引きポイントを置き、先程のポイントから84mAまでの線()を引っ張る。あとはこの2つのポイントの延長線を右に伸ばしていけば今度は「Ip=0mA」の時のEpにぶつかる(要は下限)ので最大時の電圧がわかる。この図では突き抜けてしまったが、空読みすると大体600Vより気持ち小さい位だろう。この図から出力は最大19V~600V弱までの範囲で有る事が分かる。ちなみに突然計算からEpからEkgを引いたのはEkgのバイアス分はEp側で使えなくなるからだ。トランジスタでもエミッタ分が使えなくなるのと一緒の話である。またこのようにトランス出力の場合、電源電圧がプレート側のバイアスとなるので注意する。

 

 さて、ざっくり計算してみたが「5W出力段アウトプットトランス」の項で電力計算を行っていたが、ここで合っているか検算してみよう。とりあえず最大電圧を計算で求めてみる。それには無信号時Ipと負荷Rpからオームの法則で求める。

Ip * Rp + Ep - Ekg  =  40.5mA * 7k  + 327V - 19V  =  591.5V

となる。大体最大電圧は先程の図と比べても合っているようだ。ここから今度は交流電圧実効値を割り出す。方法はVppを割る2して√2を更に割る事によって求まる。

Vpp / 2 / √2 = 591.5 / 2 / √2 = 209.12V ( ここではACVとする )

となるので今度は電力である。電力は交流の場合実効値同士を掛ければ良いので、負荷Rpを使って電流を求めて電圧と掛ければよい。真空管に掛かる電力とアウトプットトランスに伝達する電力は別物で、今回求める電力はアウトプットトランスが最終的なSPKに伝える電力である事に注意。

ACV / Rp = 209.12V / 7k = 29.87mA ( ここではACIとする )

ACV * ACI = 209.12V * 29.87mA =  6.24W(一次側電力)

と6.24Wとなった。ちょっと大きいがこれは正解だと思われる。というのもトランスは電力を伝達できるが、ロスがないわけではない。10%~20%位のロスして伝達されるので例えば6.24W伝達して20%ロスがあれば大体5Wである。

 

 

プリアンプ管12AX7Aの増幅

2段目の増幅

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 さて次に移ろう。プリアンプの電圧増幅部で、みんな大好き(?)12AX7管の出番だ。これもEp-Ip特性図を使う。そしてパワー管との大きな違いはEgkの特性の違いと電流が大幅に少ない事、他にはスクリーングリッドが無いことだ。そしてやはり最初に直流設計が必要になる。無信号状態からその直流設計を割り出すと下記のようになる。

 

  • 電源電圧:262V
  • プレート電圧:170V
  • カソード電圧:1.35V
  • カソード電流:900uA

で、今回はパワー管と違って抵抗負荷なので電源電圧を起点としてそれに対応する負荷線を引いていく。

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 左図は12AX7A管のEp-Ip特性図で、電源電圧のポイントに線()を縦に真っ直ぐ引く。この電源電圧でIp電流は0mAになるポイントを起点として次に全力でプリ管が電流を流したときの電流値を計算する。単純に

・VEE / Rp = 262V / 100k = Ip2.62mA

となるので今度は0V上の2.62mAあたりにポイントを打って、先程の電源電圧と線()を結ぶ。これがプリ管の直流負荷線となる。あとはプレートのバイアスを決めて上げれば良い。自作設計であれば好きなEgkを設定してあげれば良いが、ここでは実測値や定数をそのまま採用しどのような設計だったかを確認する。プレートバイアスは170Vとなっているので、その電圧Epに垂直な線()を引くと、線と交わる点はEgk=は-1.35V付近、Ip電流は900uAとわかる。ここからカソード抵抗を導ける。要は無信号時でEgk=-1.35Vになり、900uAの電流を流すということは

Egk / Ip = 1.35V / 900uA = Rk1.5k

となる。上記図を見るとプレートのバイアス点はEkg=0Vから電源電圧までの中間点となっており、上も下も同等の幅があるようなので、比較的にギターアンプとしては素直な設計という印象だ。そのうちこのあたりのバイアスをいじってデューティ比の違う歪かたをさせるのも面白いだろう。なにせRkを変えるだけでバイアス点を変更できるのでお手軽でもある。

 ここまで取り上げなかったが、直流負荷線()と交差するオレンジ色の斜めの線についてだが、これは交流の負荷線である。2段目の次はパワー管となっており、グリッドリーク電流等のパワー管にまつわる問題でパワー管のグリッド抵抗Rgは余り大きく出来ず220kとなっており、このRgを考慮した場合、2段目のプレート負荷と合成する必要がある。Rp(220k)とパワー管のRg(100k)を合成すると68.75kとなるので、この合成値を使ってRp-Ip特性図にプロットしたものだ。バイアス点は直流設計に依存するが、交流増幅はこの交流設計に依存する。もちろん次段のグリッド抵抗が十分に高ければ大抵は無視しても良いと思う。

 

増幅段1段目

 で、最後に初段の増幅であるが、これは2段目と同等の定数となる。ただし、カソードにコンデンサが入っていたりするので利得は全然違ってくる。また前項の最後で登場した交流の負荷線だが、一段目から見た二段目のグリッド抵抗は常に1MΩに見えるので、1/10程度の影響しかないという事でここでは無視しても良いだろう。この一段目の計算は二段目と計算がほぼ同じであるので割愛する。

 

利得の計算

 最後に利得(Av)の計算を行う。あらかじめめ言っておくとこの回路には負帰還が有り、これを考慮していない分、計算結果は違う事を断っておく。まず利得を計算する為にデータシートからμ(ミュー、増幅率)、rp(プレート内部抵抗)を見つける必要がある。μは「Amplification factor」、rpは「Plate Resistance」などと書いてある。12AX7管のデータシートからはu=100、rpは250Vで62.5kと記載がある。さて計算してみよう。

・一段目利得(カソードバイパスが有る場合)

 Av1 = μ * Rp / ( rp + Rp ) = 100 * 100k / ( 62.5k + 100k ) = 61.5倍 = 35.8dB

・二段目利得(カソードバイパスが無い場合)

 見かけ上のrp2 = rp + Rk * ( μ + 1 ) = 214k

 Av2 = μ * Rp / ( rp2 + Rp ) = 100 * 100k / ( 214k + 100k ) =  31.8倍 = 30dB

・パワー管利得

 Av3 = gm * Rp = 3750u * 7k = 26.2倍 = 28.3dB

 パワー管の利得計算に必要なデータはgm「相互コンダクタンス」で6V6GTの場合データシート上には「TransConductance」とか書いてある。その数値は代表データの315Vの数値が比較的近いのでここから採用すると3750umhosとなる。ちなみにmhos(モー)とはΩの反対でコンダクタンス=抵抗値の逆数から命名された単位でohomの逆読みとの事。なので現代的に言えば「S(ジーメンス)」である。話が逸れたのでもとに戻してパワー管の利得は上記のようになる。

 

 念の為記載しておくが、パワー管含む全て電圧換算である。対数に直した数値は単純足し算で倍数が計算できるのでそれぞれの対数値を足してみると94.1dBとなり、これは50699倍となるが、先に書いたように実はそうは行かない。回路をよく見てみると2段目増幅管のカソードに上から来た線が結ばれているのが分かると思う。これはアウトプットトランスの2次側に抵抗を介してつながっており最終出力が戻ってくるポイントでフィードバックが行われ利得の調整が行われている。次回はこの負帰還関連を記事にする予定。

 

本日はこれにて。

 

次の記事。

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